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二人きりの朗読劇「わらじ presents ワールドダイスター朗読劇☆ワ朗」感想

先日、TVアニメ『ワールドダイスター』の朗読劇、「わらじ presents ワールドダイスター朗読劇☆ワ朗」に行ってきました。

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ワールドダイスターはそれ自体が演劇を題材としているため、朗読劇とも距離の近い作品。 中でも注目は、出演者が石見舞菜香さん(鳳ここな役)と長谷川育美さん(静香役)のお二人だけであること、生演奏であること、そしてTVアニメ版とも繋がる次のあらすじでした。

劇団シリウス本公演『オペラ座の怪人』を終えた、 ここなと静香は休暇を利用して里帰りをすることにした。 二人が初めて出会った思い出の場所で、 もう一度『オペラ座の怪人』を演じてみることに──。 ここなと静香、二人きりで上演される幻の舞台が開幕する!!

本編で静香が一部だけ演じていたファントムが、二人の思い出の場所で改めて披露されるのですから、当然気になります。 というわけで、この記事では本朗読劇に参加した感想について書いて行きます。

二人きりという文脈

あらすじにもあるように、この朗読劇の舞台はTVアニメの直後。 つまり、ここなが静香との「一緒に舞台に立とう」という約束を思い出し、静香自身も再びそう願ってから、初めて立つ舞台ということになります*1。 かつてたった二人で何度も演じた思い出の場所(舞台)に再びここなと静香が立つとしたらやはり二人だけであるべきで、他者の存在はむしろ無粋でしょう。

個人的に印象に残ったのは、演じ終えたここなが、海岸から聴こえてくる波の音を指して「拍手みたい」と静香に語っていたことでした。 この後ここなは静香と共に終演の挨拶をする*2のですが、 そこでも我々観客は静かにしているため波の音だけが聴こえ、終始観客不在の二人だけの世界だったのだなぁと感じることができました。 ここなが幼い頃この場所に来ていたときと今とで波の音は変わらないはずで、拍手に聴こえたのはそれだけここなが自分に自信を持てたからなのかな、とも思ったりしました。

TVアニメ版とは、また違った舞台

オペラ座の怪人』はTVアニメ版でも演じられ、その時の主役はファントム役が鳳ここな、クリスティーヌ役が新妻八恵でした。 一方で今回はファントム役を静香、クリスティーヌ役をここなが務めます。

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TVアニメ版では、オーディションでここながファントムを「夢見がちな一人の男」として演じたことが作中でも重要なシーンとして描かれていました。 一方で静香がTVアニメ版で演じていたのは舞台に上がりたいという欲求を剥き出しにしたファントムであり、今回の朗読劇もその延長線上にあると感じられました。

また、TVアニメ版では尺の都合もあり途切れ途切れだった『オペラ座の怪人』ですが*3、本朗読劇では頭から終わりまで一つの物語として描かれます。 TVアニメ版で聞き覚えのあった台詞がこういう流れの中にあったのかと気付いたり、新たな場面が追加されたことでここはこう解釈できたのか、と思えたのが良かったです。 脚本のベースはシリウス版ですが、ここなと静香がアドリブで「台本にない場面も加えた」と言及もあったりしました。

個人的に印象的だったのは、ファントムとクリスティーヌの二人が別々に生い立ちを語り、それが掛け合いのようになっているシーンです。 ファントムは誕生日に母にキスをねだり、代わりに仮面を押し付けられました。 一方でクリスティーヌは、音楽の楽しさを教えてくれた父を失っています。

この要素があることで、ファントムがクリスティーヌから最後にされたキスは、初めて受け取った「母の愛」だとはっきりわかります。 一方でクリスティーヌは、ファントムを先生のようにも、友人のようにも、そして父のようにも感じています。 お互いがお互いを親のようにも感じているのは、自分を生まれ変わらせるほど変えてくれた存在だからでしょう。

ここなと静香の関係に当てはめてみましょう。 静香は、ここなから生まれた存在であり、ここなが母でもあります(ここなから愛を受けていると言っていいはず)。 そして言うまでもなく静香はここなを導いてきた存在で、ここなにとっては先生であり、友人でもあります。 またこの舞台を演じる場所で、忙しい両親の代わりにここな寄り添ってくれた存在でもありました。 このように、ファントムとクリスティーヌと同じく、ここなと静香もお互いを親のように感じる部分もあるように思えるのが面白いところだと思いました。

制限から生まれる面白さ

実際に朗読劇が始まって感じたのが、一人で複数の役を演じられることの面白さでした。 考えてみれば当然ですが『オペラ座の怪人』の役は二人分だけではなく、数多く存在します。 シリウス版では主要キャストは五人に絞られていますが、それでも二人で演じるには多い。 必然的に、各々が役を兼ねなくてはなりません。

朗読劇といえば、朗読をする方々の演技が見所の一つ。 役を兼ねるということは、咄嗟にある役から別の役に切替が必要になる場面もあります。 アフタートークで「落語のよう」と評されていましたがその通りで、複数の役が見事に演じ分けられていました。

更に、ワールドダイスターは演劇作品なので、演じることになるのは「演じているキャラクター」です。 すなわち今回はただ複数の役を演じるのでなく、複数の役を演じているここなと静香を演じることになります(ややこしい)。 特に静香は今回主要人物で、対照的な二人の男性「ファントム」と「ラウル」を同時に演じることになります。 ファントムと重ねられる静香がファントムと対照的な存在をどう演じるかで、より「静香が思うファントム」が浮かび上がって来る……のかもしれません *4

こうした兼役の面白さは、敢えて人数を絞るという引き算から生まれた面白さだと思います。 複数の役を演じることになったここなと静香のやり取りでは、「ここなが相手の台詞を待ったけれどそれは自分だった」というようなことも発生する面白さありました*5

迫力の生演奏

この朗読劇で忘れてはならないのが、電子ピアノとバイオリン*6による生演奏です。 台詞に対する演奏の盛り上げ方が絶妙で、一番気持ちのいい瞬間を作り出すことに成功していました。 アフタートークによると、台詞の読まれるスピードなどに応じてアドリブで調整も入れているそうで、生演奏ならではと思いつつ凄まじいと思いました。 演者だけでなく演奏も含めて、演劇は生き物だなぁと改めて感じました。

今回演奏で用いられる楽器が二つというのも、二人きりの舞台という題材と重ねられるように思いました。 演劇が一人でも可能ではあるように、楽器も一つでも演奏はできるでしょう。 しかし、ここなが相手役を求めて静香を生み出し、この舞台で気持ちのいい掛け合いをしていたように、演奏もまた掛け合うもう一つの音があってこそ、より魅力を発揮できる……のかもしれません。

オペラ座の怪人』自体が演劇と音楽を扱った作品であり、「言葉と音楽は共にある」といった台詞があるのも良かったですね。 あと、生演奏の「Masquerade」もめちゃくちゃ良かったです。

まとめ

(当たり前すぎて)ここまで書きそびれていましたが、石見舞菜香さん、長谷川育美さんの演技は圧巻でした。 そこに関しては何か書くより実際に(アーカイブなどでも)観ていただいた方が良いと思います。 お二人の掛け合いや役の切替の素晴らしさが、舞台には二人必要であり、二人いればどこまでだって行けるということを感じさせてくれたような気もします。

アフタートークでは次回があるなら人を増やしたいとも話されていましたが、独特で希少性のある、この二人だけのスタイルも捨てがたいな……と思ったり。 ともあれ、素晴らしい朗読劇でしたね。

*1:静香が本格的に舞台に立つ話は『夢のステラリウム』のシリウス3章で

*2:ここなが「誠にありがとうございました」で「誠に」を静香とタイミングを合わせるように言っていたがめちゃくちゃ良かったです

*3:あまりちゃんと見られていないですが『夢のステラリウム』の歌劇は完全版なのかな

*4:そしてそれはもちろん長谷川育美さんや演出の方による「静香ならこう演じ分ける」という解釈でもあります

*5:静香は元々ここなのセンスであり、この2人も元々1人だったと考えるとなんだか不思議ではありますが

*6:楽器の判別に自信がない!